「ゴキブリの作りかたの作りかた」

 

某月某日、新宿ゴールデン街 「銀河系」 にて

演出の伊藤猛(48)、脚色の今岡信治(44)が、作戦会議。

カウンターの中に女優の伊藤清美(51)がいる。

 

清美 「伊藤君、お酒やめてるの?」

猛   「うん」

清美 「すごーい、続いてるんだ」

猛   「うん、飲んだら死ぬから」

今岡 「ずっと、ジンジャエールですもんね」

猛   「飲んだら死ぬからね」

清美 「何か元気そうだもんね」

今岡 「そうそう」

猛   「体重戻ったもんな、倒れた時は30kg台だったけど、今は55kgだもん」

今岡 「すごいっすね、何食ったんすか?」

猛   「うどんとか」

清美 「うどんで太るの?」

猛   「酒しか飲んでなかったから」

今岡 「鴨さんもうどんしか食ってなかったな、入れ歯なんだけど、壊れちゃって、柔らかい物

     しか食べられなくなって、一ヶ月、うどんだけ食って、生きてたって」

清美 「肉とか野菜とか食べなくても、人間生きていけるんだ」

今岡 「凄いすよねー、人間て」

清美 「ガンの話知ってる?」

今岡 「何すかそれ」

清美 「指とか落とすじゃない、ヤクザの人とか」

今岡 「うん」

清美 「そしたら、指は新しく生えようとするんだって。人間には元々そういう能力があって、ト

         カゲのシッポみたいに生えるのが本来の身体の仕組みなんだけど、そうやって生え

     てきた細胞はガンになる確率がもの凄く高くて、それを回避するために、生えようと

     する能力を身体が押さえ込むんだって」

今岡 「へー、マジすか」

清美 「テレビでやってた」

 

猛、カバンをゴソゴソあさる。

 

猛   「清美ちゃん、ちょっとコレ読んでみて」

 

猛、カバンから取り出した、分厚いコピー用紙の束を、清美に渡す。

 

清美 「何コレ?」

猛   「今度、芝居やろうと思って・・・昔、内田さんがやった 『ゴキブリの作りかた』 っていう

         芝居なんだけど」

清美 「知ってる、知ってる、かなり昔のやつでしょ」

今岡 「初演は1966年ですからね、44年前ですよ」

清美 「へー」

 

清美、パラパラ読み始める。

 

清美 「そういえば、内田さん死んでから何年だっけ?」

今岡 「94年すからね・・・16年すか」

清美 「向こうでも女の子ナンパしてるのかなあ」

猛   「してるだろうなあ、『映画に出ない?』とか言ってさ」

 

三人、何となくしんみりする。

 

猛   「今岡、作戦どうするよ」

今岡 「作戦って何すか」

猛   「どうやるかって話」

今岡 「たぶん、突っ込まれるのは、44年前の内田さんの戯曲を何で、今さらやるのかって

         とこだと思うんすけど」

猛   「うん」

今岡 「何で猛さんは、今コレをやろうと思ったんすか?」

猛   「たまたま、昔の内田さんの戯曲読んでたら、コレに当たって、面白かったんだよな、

     それで急に思いついて、やってみようって」

今岡 「それだけじゃ弱いんじゃないですか、今やる理由みたいなものが必要なんじゃない

     ですか?」

猛   「まあ、そうなんだけどさ、他にも色々読んでみたら、ガラクタって言葉が出てきてさ、

     俺も、俺たちも、ガラクタだなって思って、ガラクタなりに、ガラクタらしく、遊びたいな

         って、カーッと思っちゃったわけよ」

今岡 「ガラクタねえ」

猛   「まじめに言えば、そうやって、内田さんのことを思い出して、内田さんで遊んでさ、

     あの人もガラクタ、ガラクタってずっと言ってた人だから・・・それに最近の世の中、

     ガラクタが排除されつつある感じがあってさ、アングラがどんどんなくなって、元気

     が無くなって、それはつまらないなあって、そういうこと」

今岡 「まじめっすね」

猛   「酒やめて、やることなくなったのが、本当のところだけどな・・・いや、この間オナニー

     してたらさ、精液が濃いんだよなあ、真っ黄色で、精子たちも頑張って元気出してや

     がんなあって思ったら、俺も何かやんなきゃって」

今岡 「それはいいことですね」

 

清美、会話に入ってくる。

 

清美 「コレ(コピー用紙の束を示し)今岡さんが直してるの?」

今岡 「はい」

清美 「このままやればいいのに、このままだとダメなの?」

猛   「そうなんだよな、そこは俺もずっと考えてるんだけど」

今岡 「コレ、まんまやったら3時間越えますよ、直した方がいいっていうか、もっとコレで適当

     に遊んだ方がよくないすか?どうせ遊びなんすから」

猛   「うーん(考え込む)」

 

ドアが開き、女性客(寺島うさこ)(31)が入ってくる。

我々の隣に座り、酒を飲み始める。

 

猛   「ナンパしてみろよ」

今岡 「俺すか」

猛   「お前だよ」

今岡 「はあ・・・(決意して)すいません」

寺島 「はい?」

今岡 「お芝居とか興味ありますか?」

寺島 「ありません」

今岡 「そうですか・・・僕たち、今度芝居やるんすけど、出てくれる人を探してまして、ちょっ

     とでいいから出てみませんか?」

寺島 「出ません」

今岡 「そうですか、ちょっとでいいんですけど」

寺島 「出ません」

今岡 「例えば、どういう事なら興味ありますか、スタッフとかも募集してるんですけど」

寺島 「ビジネスに興味あります」

今岡 「ビジネス」

寺島 「今の人はお金のことを考えなさすぎだと思うんです。わたし、今日の昼間ビジネスの

     セミナーに出てたんですけど、どういう風にお金とつき合うかが、人生にとってとても

     大事なことだと思ってます」

今岡 「勝間和代とか」

寺島 「3冊ぐらい持ってます」

今岡 「(猛に)接点ないすよ」

猛   「受付とかやってくれるんじゃないか、お金のことだぞ」

今岡 「(寺島に)受付とかやってみないすか」

寺島 「お芝居とか嫌いです、お金のことバカにしてるでしょ」

今岡 「してないすけどね」

寺島 「わたしのこと、バカにしてますよね」

今岡 「してない、してない、(猛に)ですよね」

猛   「(寺島に)お金は大事ですもんね」

寺島 「あと、時間です。時間をどう使うかも大事です」

猛   「うん、それも大事」

寺島 「今は、お芝居とかやってる時間がもったいないんです・・・ごめんなさい」

今岡 「いいんです、いいんです、僕ら、ただのガラクタですから」

 

猛、今岡、元気が無くなってくる。

寺島、ぐいぐい酒を飲む。

 

今岡 「猛さん、そろそろ帰りませんか」

猛   「うーん、うーん・・・東京もガラクタだし、”ふるさと”もガラクタだし、一般的通念に支え

        られている恋や愛や友情や組織もガラクタだ。学校も映画もサテンも電車も衣装も靴

        も自動販売機もコカコーラもヤニもタクシーも定期券も家に入る玄関も便所もガラクタ

        だ!」

寺島 「・・・(飲み続ける)」

今岡 「それ76年に内田さんが『ゴキブリなんでも辞典(ゴキブリと私)』に書いた、まんまで

         すよねえ」

寺島 「・・・(酔っ払って)あー、手が痺れてグラスが持てない」

今岡 「大丈夫っすか・・・(見つめて)可愛いなあ」

猛   「俺はゴキブリになりたいんだ!」

今岡 「そうっすか・・・(痺れてる寺島を見て)いいなあ、可愛いなあ」

猛   「ここはどこじゃろかいのう。ここはどこじゃろかいのう!・・・ここはもういらん。

     ここじゃないとこはどこじゃろかいのう」

今岡 「(うんざりして)今度は『ハマナス少女戦争』ですか、ハイハイ、ハイライトシアター、

      猛さーん、どこへ行きたいんですか?」

猛   「そりゃあ、ここへ行きたいんじゃがな、ここへ行きたいからどこか、ここじゃないとこを

     教えてつかあさい」

寺島 「手が、手が、痺れてる。ピリピリするー」

今岡 「ダメだ、二人とも壊れた」

 

清美、突然、

 

清美 「あたし、出たいな」

猛   「え、いいの!清美ちゃん出てくれる?」

清美 「うん」

猛   「ありがとう」

清美 「あたしも、ガラクタだから」

今岡 「いい事言うね」

 

猛、今岡、帰って行く。

寺島、憮然と飲んでいる。

 

寺島 「わたし、ゴールデン街、嫌い」

清美 「なら、来んな!でたらめバカのくそったれ!」